真空管式ギターアンプ
ギターアンプは、一部の初心者向け廉価品(ソリッドステート式)を除き8割以上が真空管式です。そこで、真空管とこれを用いるアンプの仕組みについて、少し詳しく説明することにします。
ギターアンプの「8割以上が真空管式」だと書きましたが、実はそれは類別上の状況に過ぎず、 年間出荷台数と社会的ストックの面では、ソリッドステート式アンプに大きく水をあけられています。前にも触れましたが、ソリッドステート式アンプにはICやLSIが用いられています。このIC等は、ご承知のとおりそれ自体が回路です。それが簡素なプリント基盤上に配されています。高価な消耗品である真空管は、そこには存在しません。
真空管方式アンプを使ったことのない方に、その良さを説明しようといくら文字を費やしみても、残念ながら私には豊かな表現力がないので伝わるものではないでしょう。しかし、実際に上質な真空管式アンプを試奏してみられれば、真空管特有の、生き物のような温かみや曖昧さ、繊細さ、荒々しさ、打てば響く音楽的な躍動感を実感されると思います。
(1)真空管の原理と用途
真空管式アンプを紹介する際、真空管そのものについて触れないわけにはいきません。これまで何の注釈もなく真空管と書き、それがギターアンプにとって有用なものだと述べてきました。では、真空管とは実際にどういうものでしょうか? 構造についてだけ言うなら、それは要するに「電球」と同じです。ここで、電球の原理と照明以外の用途が思い浮かべられた方は、この節を読み飛ばしていただいた方がよいかもしれません。
①原理と基本構造
真空管は、真空で金属を加熱すると電子が飛び出す性質を利用したものです。言うまでもなく電子は負の電荷を持っています。だから、近くに正電圧をかけた金属板を置くと、電子がそちらに引き寄せられて飛び出します。ここに電子の流動が生じる。(電子は知っての通り、通常は原子核の周囲を回っているのですが、外部から力が加わると影響を受け、受ける力が少し大きいと飛んでいきます。外部からの力とは衝撃や摩擦、熱などです。)
さて、電子は、実は特別に金属板がなくても簡単に別の分子に引き寄せられてしまいます。例えばシャワーを思い浮かべてください。ちょっとした力が水に加わると、H2Oで安定していた電子が飛び出し、電子の多い水滴ができます。さらにその影響で電子の多い空気も作られる。これをイオン化と言いますが、電子が多くひっついた分子の状態を陰イオン、飛び出して行って少ない状態を陽イオンと呼びます。
(静電気はこれと同じ理屈で生じます。下敷きと髪の毛で誰もが作れるあのホラー映像は、摩擦による電子の移動がひき起こしています。下敷き側がマイナスで、髪の毛側がプラスです。)
金属(物質)を熱しても、同じく電子が動き始めるのですが、大気中では比較的落ち着いているのです。ところが真空になると、とたんに原子核のもとを離れてうろつき出す。文字通りうろつき出します。そこで、この真空中に2枚の金属板を入れて片方だけを熱すると、熱したプレートの周りには電子が飛び交う。そのままでは何も起きないので、プレートに電池を繋いでみます。
試しに、熱した方に電池のプラスを繋ぐと、熱していない方がマイナスになるため、マイナス同士が反発します。飛び出した電子と電池のプラスは帳消しになるのですが、電極間で電子の移動は起きません。
けれども、熱していない方がプラスだと、飛び出した電子がそちらへ一斉に引き寄せられます。そして、熱した方には電池の陰極から次々と電子が供給されることになります。その結果電気が流れるというわけです。
上で述べた「熱した方」をカソード(Cathode)、「熱しない方」をアノード(Anode)と呼びます。現実の真空管では、効率を上げるためカソードの周りをアノードが板状に取り巻く形になります。
ところで、真空管ではアノードのことを、その外観からプレート(Plate)と呼ぶ習慣があります。カソード自体を発熱させる方法を直熱式、カソードを外部から熱する方式を傍熱式と呼び、どちらにも利点があるのですが、一般にアンプでは傍熱型が使われています。これはノイズの発生が少ないからです。
直熱型のカソードはフィラメント(Filament)と呼ばれ、傍熱型のカソードを熱するためのものはヒータ(Heater)と呼ばれています。名前は異なりますが役割は同じです。
このようにシンプルな構造なのですが、これにより一定方向にのみ電気が流れる働きが実現できるのです。プラス/マイナスが入れ替わる交流をどちらかしか通さないことで、検波や整流などの仕事に応用することもできるわけです。
さて、この手の真空管は、プレートとカソード(またはフィラメント)の2つの電極を持つため、2極管(Diode)と呼ばれています。(これは真空管が発明された最初期の形態で、電気製品界の、いわばアンモナイトみたいなものです。) 2極管をアンプに使う場合、求められるのは検波ではなく、整流の働きです。トランスで昇圧された交流電源を直流に変える、この「整流」という仕事をする2極管は、特に整流管(Rectifier)と呼ばれています。(前の節でご紹介したアレです。)
<備考>
古い話ですが、「マイナスからプラスに流れる」というのは、日常感覚と外れていますよね? 私たちは、「電流はプラスからマイナスに流れる」と習いましたが、実はその考えが定着した後に、「電子の流れは逆向き」だったと分かったのです。
②整 流
真空管の用法について、2極管と整流の仕組みを通じて少し詳しく説明します。構造がシンプルなので、真空管の働き方が理解しやすいと思います。
真空管の本来の用途、信号増幅(電圧増幅および電力増幅)については次項で取り上げます。
■整流管
整流管は、音楽信号が直接通過する部分ではなく電源部で交流電源を直流に変換するために使われること、また、シリコン・ダイオードを使ったほうが安定した電気を供給できるため、現在では整流管を使うアンプは少ないことを前にお話しました。ところが、一部のアンプメーカーやモデルでは、あえて整流管が採用せれています。具体的には、シリコン・ダイオードではアタックの強い、シャープな出音となってしまい、そういう音を出したくない場合もあるので今も供給されています。
なお、整流部がどちらの仕様となっていても、信号増幅回路が真空管を中心に構成されていれば、「オールチューブアンプ」と呼ばれていますが、厳密には、整流部も真空管であるモデルを「フルチューブ」と呼んで区別されます。
■整流回路
整流に用いられる直熱型2極管は、プレートとフィラメント(自分で熱するカソードと言ってもいい)を有し、フィラメントには発熱のために2本の端子が出ています。そこに真空管を熱する電源(A電源)を繋ぐのだが、メインの働きは、プレートかフィラメントのどちらかの端子の間で行うようになっている。
傍熱型はA電源をヒータに繋ぎ、メインの働きはプレートとカソードの間で行います。実際の使い方については、話しを分かりやすくするため傍熱型から説明します。
このタイプの整流管は、トランスを介して、メイン電源に通常200~400V程度の電圧を、ヒータ電源には5~12V程度の電圧を受けます。ヒータ電源はヒータを熱するためにのみ使われ、他には繋がれていません。メイン電源はプレートからカソードを通るとき、プラス方向しか通さないため最上段の波形のうち上半分だけが残ります。もちろんこのままでは電源とはならないので、大容量の電解コンデンサを並列に繋いで電圧を平滑にします。コンデンサの容量が増えれば、電圧はほとんど変化しなくなります。
次に直熱型です。これは、傍熱型のカソードとヒータを一緒にしたものです。そしてこれが、交流から直流を作る整流回路の基本です。先に見た方式を半波整流と呼び、そのままだと電圧がゼロになる時間が長すぎて、コンデンサの負担が過大になります。そこで、交流がちょうど逆の波形(逆相)になるようにトランスを工夫して、真空管2本でプラスとマイナスをプラス+プラスにする。すると、電圧がゼロになる状態は一瞬になり、電圧変化のないきれいな直流が出しやすくなるわけです。これを全波整流回路と呼び、整流管を使うアンプの整流回路はほとんどがこの直熱2回路の形式です。
Fenderのオールドアンプやその復刻版、また、Mesa Boogie社のモデル“Rectifier”シリーズなどはこの回路です。実際の設計では、一つのコンデンサだけできれいに平滑するのは難しいので、一般的には抵抗やチョークコイルを挟み、もう一つコンデンサを付け加えられます。
③真空管による信号増幅
真空管式ギターアンプにおいて真空管が用いられる、その本来の用途・目的は次の二つです。
■電圧増幅
電圧増幅には、ギターアンプでもオーディオアンプでも3極管が主流ですから3極管で説明することにします。(注) 電圧増幅では、真空管のグリッド(二極管のフィラメント[陰極]とプレート[陽極])の間に粗い網状の電極:形状からグリッドと呼ぶ)にマイナスの直流電圧をかけ、それに信号が重畳するように入力することで信号の増幅を果たします。この、グリッドにかける電圧をバイアスと呼びます。
実は真空管アンプでは、終段以外の部位では概ね電圧増幅だけで間に合います。もっとも、リバーブ等を備えるギターアンプでは、終段のほかにリバーブタンク等を駆動する部分に1~2Wの小さな電力増幅回路が使われています。(この回路には、デジタルエフェクトでなければ、電力増幅用に真空管が用いられ、ふつう、本来は電圧増幅用の小型管が流用されています。)
さて、ではなぜ終段以外のところでは電圧増幅だけで済むのか? それは、真空管のグリッドには電流が流れません、つまり、入力には電圧をかければ十分で、電力は不要だからです。前に触れたとおり、「電力=電圧×電流」だから、電流がゼロなら電力もゼロでよいわけです。
(注) 5極管でも電圧増幅は可能です。5極管は、スクリーングリッド(プレートとコントロールグリッドの間に設ける四番目の電極の網)の分だけ回路が増え、ノイズ対策等も煩雑になる。設計者にも生産者にもあまり好まれませんが、headroomが大きくなりクリーントーンに有利なのでしばしば使われます。
■電力増幅
電力増幅といっても、電圧増幅とまったく異なる回路や原理を使うわけでありません。実は、電圧増幅回路でも僅かながら電力増幅を行っています。要するに、負荷抵抗で発生する信号電力が大きければ「電力増幅」となるわけです。
例えば50kΩの負荷抵抗に20Vの信号が出てくれば、とても小さいなから8mWの電力になります。ただこの場合、電力のほぼすべてが負荷抵抗で消費されてしまい、実体として電力増幅にはならないのです。
電力増幅回路が電圧増幅段と決定的に違うのは、負荷抵抗の代わりにトランスが入っていることです。例えば、5W出力のアンプとは、トランスの1次側に5Wの信号電力が発生しているという意味です。この1次側コイルそのものは電力を消費しません。コイルに交流を流すとその電流と電圧の位相がずれて、実質的に電力を発生しないからです。
では、1次側の電力はどこへ行くのでしょうか? それは、そのままトランスのコアを伝わり2次側に行きます。2次側もコイルなので電力を消費しない。それで結局、2次側に繋がったスピーカで最終的に5Wの電力が消費されることになります。
(実際は、トランスもいくらか電力を消費し熱に転位する。スピーカも同様に発熱するから、5W分すべてが音圧や音の大きさに使われるわけではない。)
このように、トランスの1次側で大きな電力を生む必要があるので、電力増幅回路では負荷(トランスの1次側コイル)の両端に大きな信号電圧と大きな信号電流を発生させるようになっています。
(2)真空管式アンプの概要
①真空管式アンプの構造的特徴
【ディスクリート構造】
真空管式アンプはディスクリート(discrete type)構造です。ディスクリートとは「分離した」とか「バラバラの」という意味で、何がバラバラかというと部品です。つまり、全高調波歪やノイズ、音質劣化の原因となるオペアンプ(ICなど集積回路)を使用していないからです。(注)
ディスクリート構造では、真空管は言うに及ばず、機械式スイッチ、抵抗、コンデンサ(そしてまれにトランジスタ)などの個々の部品を組み合わせて基板上に回路が形成されます。部品と部品の結節は、シールドされたリード線またはカスタムプリントされた導電材で行われます。
1970年中頃くらいまでは、ラジオもテレビも蓄音機もステレオも(今は「オーディオ」と言いますが)ディスクリート回路でした。
このディスクリート回路の長所は、個別部品の組み合わせによって作成する回路なので、ICでは不可能な、精緻な(目的に則して無駄のない)設計ができることです。また、回路や部品性能に合わせて各種パラメータの微調整が可能になります。こうしたことで高品位な回路を少量生産でも実現できるわけです。
中でも、リード線でpoint to point wiringを施したディスクリート回路は、何度故障しても真空管がこの世にある限り、繰り返し修理して使用できます。同じ真空管式でも、配線がプリントから成る回路(量産品)は、その基盤の生産が終了し在庫が消失してしまえば、修理はほぼ不可能になってしまいます。
では、ディスクリート回路でないアンプ(ソリッドステート式)はどうでしょうか。これは何であれ、心臓部のICやLSIは必ず短期間でモデルチェンジされます。アンプメーカーは、使用しているICの互換性などに頓着していないようですかから、ICとセットで使われるプリント基板の修理不能性と考え合わせると、この種の回路は、ICまたは基盤が故障して交換品の入手が不能になった時点で、もはや再生できなくなるということです。
ディスクリート回路の短所は、一つは製造に手間暇がかかり高価になるということです。さらに、維持費がかかります。これは、部品数が多いので機械的故障が発生しやすいうえ、真空管は消耗品だからやがて交換が必要になります。ソリッドステート式アンプなら、電気代以外はランニングコストなどないも同然なのと対照的です。
(注)主に廉価なアンプで、エフェクトやボイシングの回路にICを使用している場合もあります。
②真空管の駆動様式
以下に代表的な増幅回路の形式について述べますが、その前に「バイアス」のことを説明したいと思います。
バイアスとは真空管に加わる初期電圧の大きさのことで、これによって真空管に流れる電流の量を調整することができます。例えば、ガソリン車におけるアイドリングのようなものです。真空管を作動させるにあたって、回路のバイアスレンジやクラスを設定するのですが、それは、エンジンのアイドリングレベルを設定するのに似ています。アンプに過度の電流を流すと、真空管が極めて高温になりトランス共ども壊しかねない。反対に電流が不十分だと、歪み無しには信号を増幅できなくなる。アイドリング回転数が高すぎると、停車時にエンジンはオーバーヒートする。低すぎると、発進時にギクシャクしたりエンジンが止まる。そういうのと似ています。
それから、出力1W~5Wの小型アンプ以外は複数の出力管が使われますが、交換時に新しい出力管を装着(使用)するときは、(調整不要のアンプを除いて)ユーザー側で各真空管のバイアスレベルを合わせる必要があります。アイドリング設定は、車が停止している状態で行うように、アンプのバイアスを設定する際は、入力信号が無い状態で行います。
■代表的な増幅回路形式(オペレーションクラス)
アンプの動作様式(オペレーションクラス)は、真空管が取り扱う信号量により設定されます。その信号量は、上記のとおりバイアス値で決まります。アンプの動作には、「シングル」(クラスA)と「プッシュプル」(クラスAB)という二つの代表的様式がありますが、その違いはバイアスの設定の仕方にあるのです。シングル駆動は、基本的には電圧増幅の回路と同じものです。これに対しプッシュプルは動作方式が異なっていて、真空管も2つ以上使用します。ここでは、この2つのクラスについて述べます。
イ)クラスA回路(Class-A circuit)
クラスAとは、アンプの回路に必要な電圧が絶え間なく供給され続ける構造(または動作様式)を言います。特にパワーアンプの場合、これ(Class-A)以外の動作モードではクロスオーバー歪(注)が発生します。
クラスA様式では最大出力まで安定した動作が得られ、非常に歪みの少ないアンプが実現できます。出音はプリアンプに5極管を使うと「ピュアクリーンな感じ」になります。短所は、出力を大きくできないので音に力強さが足りないこと、また何よりも、効率が悪く発熱量が多いことです。
最大出力1Wのアンプで2W以上発熱することがあります。熱対策が綿密でなければ機器の寿命は短いのも特徴で、このため、「純粋にクラスA動作で稼働できるのは出力5Wまで」と言われてきました。
ところが近年は、出力が30W以上もある「クラスAアンプ」を見かけることがあります。奇妙な事ですが、これは解釈の問題だと言えます。実態はクラスAB作動(後記)なのですが、設計の工夫でAのように振る舞わせるアンプがあります。例えば、スピーカの徹底した低インピーダンス化と低電圧駆動(電圧と電流の負荷インピーダンスが変化しても出力電圧をほぼ一定に保つ。)により発熱量を抑え、他方でこれを並行動作(パラレルプッシュプル)させて大出力を出せるようにしているものがあります。
クラスAアンプでは、バイアス値がそのカーブの直線部分で設定され、グリッドをドライブしている信号が十分小さいことで、入力信号のフルサイクルを通じて出力が線形のまま保たれるようになっています
(注)クロスオーバー歪とは、B級プッシュプル増幅器が出力する信号の中で、正の半サイクルと負の半サイクルが合成する点で発生する非線形の歪みのこと。
クラスAの場合、入力信号波形と出力信号波形がほぼ同一です。出力が入力に似ているために、歪み等はほとんど生じない。入力信号は、真空管の信号をカットオフするような形で、グリッドをドライブしない。このことが、信号のサイクル全体を保つため、プレート電流を流し続けることに繋がります。だから、クラスAアンプの動作中は真空管が非常に熱くなる。真空管のプレート電流が入力信号のすべての領域において流れるためです。従って常に電力を消費しているわけです。この損失電力は負荷と出力に関係なく消費されるから、クラスAアンプは低効率と言われます。加えて、入力信号の振幅はバイアス電圧より低く、そのためにグリッド電圧は決してプラス領域にならない。このことが、グリッド電流によって生じる歪みの発生を防止する。
■クラスA/Bプッシュプル回路(Class AB push-pull circuit)
ここで仕組みについて説明しますが、単に「AB回路は動作が安定しており、パワフルで発熱量が少ない」と覚えておくだけでも結構です。
さて、またも車やバイクに例えると、クラスAが多気筒(または4サイクル)エンジンだとすると、クラスAB動作は単気筒(または2サイクル)エンジンのようなものです。クラスABアンプでは、入力信号サイクルの2分の1より、わずかに多い領域でプレート電流が流れるのですが、これが時おり真空管の動作を止め、クラスAアンプのような高熱状態を回避させます。クラスAアンプと同様、入力信号はバイアス電圧より低いから、グリッド電流はほとんど流れません。
クラスABアンプのバイアスは、特性カーブのリニア部分とカットオフ部との間のある点に設定されています。そして、入力信号のマイナス方向の2分の1サイクル部分が真空管をカットオフし、出力を停止させる。このサイクルの間は真空管の動作は停止し、電流が流れない。この間、電力を消費しないから、発熱量も少ないわけです。反面、信号の出力が半分になるので、Aクラスと比べると音質はあまり良くありません。これは、プッシュプル位相回路のプッシュ側の特徴で、クラスABアンプに常に付きまとう問題です。
音質の多少の劣化はあるのですが、シフトした部分を動作させるプル側は一方の真空管または2本の真空管の位相を(位相変換回路により)180度反転させて動作します。そしてプッシュ側が停止するとプル側が動作を開始する。2つの信号は、出力トランスの中で混成されてスピーカに送られますから、連続音として聞けるわけで、同時に、プッシュ側の音の悪さもかなり補われて出音されることになります。
<備考>
■ディスクリート・クラスAアンプ(Discrete Class-A circuit)
読んで字のとおり、ディスクリート回路でクラスA動作をする出力5W以下の真空管式アンプです。かつては練習用の手頃なアンプでしたが、今や小さいながらも高価な上級機になってしまいました。MatchlessやSwart、Dr.Z、BadCatなどの「ブティックアンプ」と呼ばれる高級品の多くは、このディスクリート・クラスAの動作となっています。但し、Matchless、BadCat、Dr.Z、Messa Boogie など、メーカーやブランドが何であれ、A動作で駆動されるのは概ね5W出力までです。それ以上のパワーを出しているときは、上記のようにクラスABプッシュプル動作となります。
参考〔真空管の種類〕------------------------------------------------------------------------------------------------------
ご参考までに、真空管の銘柄や品質、特徴等について述べておきます。
真空管は、かつて米英をはじめ各国企業が生産していました。
RCA、GE、Philips、Sylvania、Tung-Sol、Mullard、東芝、日立等々ですが、1980年代半ば頃までにはどの生産ラインも停止しました。現在はごく一部の例外を除き、ロシア、中国、スロバキアの三国でのみ生産されています。製品の殆どは往年の米国製や欧州製のコピーです。それに、ロシア軍用管の改造ものが若干混在しています。
米国管のコピーで評価が高いのは中国製で、欧管のコピーではスロバキア製が好評です。中国にはShuguangという巨大工場があり、スロバキアにはJJ Electronicという工場があります。このJJというのは、チェコスロバキア時代のTeslaを後継したものですまた、ロシアには二つの真空管工場があり、一つはReflector。これは“Electro-Harmonix”ブランドや“Sovtek”ブランドの真空管を手掛けています。もう一つの工場はSvetlanaと言います。
これらはいずれも有名なブランドなので、真空管式アンプを使用される方は、少なくとも一つや二つはロゴを目にされたことがあると思います。
真空管というのは、品質面で非常にバラツキの大きい製品です。このため、わざわざ良品を選り分ける企業(選別会社)が存在します。米国ではGroove Tubes、Electro Harmonix、そしてMESA/BOOGIE(これはアンプメーカーだが自社選別)、中国のRuby、ドイツのTADなどが有名です。
こうした選別会社が介在しない、すなわち製造企業・工場(スロバキア、中国等)から直輸入される真空管は非常に安価ですが、粗悪品が多いので注意してください。真空管を交換する場合には、選別会社で精査され特性の統一が図られた良品を入手することをお勧めします。ただし、正常に作動する製品でも、生産工場やモデルによって明らかに音質が異なります。このことも覚えておくとよいでしょう。
さて本文でご紹介したように、真空管には大まかに三種類あります。
プリアンプに使われるプリアンプ管(プリ管)と整流管、そしてパワーアンプに使われるパワー管(出力管)です。これらの真空管は、コンボタイプのギターアンプでは同一の基盤内にあります。
以下に各々について種類や特徴を概括しますが、整流管の種類(選択肢)は限定されているため割愛します。大表的な整流管は、小型アンプ用には6754、中型アンプ用には5AR4、そして大容量の5U4Gなどです。
■プリアンプ管
プリ管には、12AX7、12AT7、12AU7、12AY7などの型式名で呼ばれるものがよく使われています。中でも12AX7は最もポピュラーですが、ギターアンプでプリ管と言えば、特別にマニアックな品でない限り、上の4種の真空管を指します。プリアンプの本質的な仕事は初期入力信号を、増幅した電圧に載せてパワー段に送ることにありますが、その役割を担うプリ管のおそらく90%以上は12AX7です。
プリアンプはしかし、たいていイコライザーやエフェクトなどを備えています。イコライザーの駆動に真空管が使われることはまずありませんが、エフェクト(主にリバーブ)には12AT7や12AY7が使われています。
12AX7は各選別会社から出されていて、同じ型式にもかかわらずそのサウンドはさまざまです。
現行品で人気が高いのは、ReflectorがElectro Harmonixのブランド名で出している(またはElectro HarmonixがReflectorに製造させて販売している)12AX7EHです。米国製アンプ、欧州製アンプのどちらとも相性がよく、主流的なプリ管です。Reflectorは9種類の12AX7を製造しており、それぞれが異なった特徴のサウンドを持っています。
Shuguang(曙光電子)製は、往年のGE(General Electric)球のようなマイルドな音質を持っています。また、JJ Electronic製は周波数帯域の広い、落ちついたサウンドですが、いずれも個体差があるので概ねの傾向だと思ってください。
多くのギターアンプでは、ロングプレート仕様品(現行ではReflector-12AX7LPS、JJ-ECC803S等)と互換性があります。しかし、ロングプレートはその構造上、スピーカの振動を拾いやすい。 このため、コンボタイプのアンプには向きません。使用するとマイクロフォニックノイズが発生しやすなるので注意してください。
■パワー管
ギターアンプに使われる代表的なパワー管は、6L6、6V6、EL34、EL84の型式名で呼ばれる4モデルです。他に6550、KT66、7027、7591なども散見しますが、前4モデルと比べると僅かな採用に止まります。
一般に、Fenderなど米国のアンプメーカーは、6L6または6V6を採用する傾向が強く、Marshallなど英国のアンプメーカーはEL34、EL84を多用します。
<6L6管>
この真空管は、FenderやMESA BOOGIEなど米国製の大出力アンプに用いられる標準的なパワー管です。headroomが大きく、出音特性は中域に芯のある図太いサウンドで、どちらかというと歪みにくい特性をもっています。大音量域まで透明感の高さを維持し、その音色はbrownish cleanと呼ばれます。これは、crystal cleanサウンドと呼ばれるEL34との対比で、「無色透明ではなく、うっすら茶色がかった水のような音色」をイメージしたものです。
6L6は、RCAが1936年に開発した世界で初のビーム4極管で、軍用管としては5881と呼ばれています。当時、普及していた5極出力管の6F6と消費電力を同等としながらも、より大きな電流を制御することを目的として開発されました。なので、アンプに使えばより大きな出力が得られます。主な用途はラジオ、PA、安定化電源などでしたが、後に無線の送信管としても大きく発展しました。
ビーム4極管は電子ビーム形成電極を持っています。その特徴は、コントロールグリッドとスクリーングリッドのピッチが精密に合わされ、プレートとスクリーングリッドとの間に適切な間隔があけられていることです。これによって5極管と同等の効率を持つとされました。当初、プレート電力損失は19Wでしたが、時代を経るにつれ強化され、1959年には6L6GCでプレート電力損失は30Wとなり(規格表発行)、現在に至っています。
この6L6GCは、日本では東芝と日立が生産し、新日本電気などは6L6GBを生産していたと言われます。派生管として、送信管である807や水平偏向出力管の6BG6などがあります。6L6GCは、規格表におけるプッシュプルAB2級出力が47Wですが、ギターアンプでは、ペアで60Wほどの出力としているものが多い。規格表以上の使用は保証されていませんので、交換に際しては、規格外れの大出力動作管を装着しないほうがいいでしょう。
・中国製6L6:Shuguang
代表的なのはSylvania 6L6GC(STR-387)の完全複製版です。引き締まったキレのいい出音に定評があり、6L6の中で最も人気があります。これは、真空管の選別会社がRubyなら6L6GCMSTR、TADなら6L6GC-STR、MESA BOOGIEなら6L6GC(STR-440)という型番になります。
GE 6L6GC(clear-top)のコピー・モデルがあり、これは上のモデルとは対照的に丸みのあるマイルドな音質です。Fender はこれを採用しており、特に1950~60年代のカントリーやブルースによく合います。Groove Tubes社ならGT-6L6 GE、TADなら6L6WGC-STRという型番になります。
Groove TubesではGT-6L6 GEを、GEから払い下げられた自社設備を使って別途米国内で少量生産もしており、高価ですが高品質です。
RCA 6L6GC (black-plate)のコピー・モデルは、上記2モデルの中間的なサウンドです。現在のところGroove Tubesのみが発売してい、あす(型番GT-6L6CHP)。
この他にもGenelexのKT66コピーやPhilipsの5881コピーなど人気のある製品があります。6L6に関しては、コストパフォーマンスの良さからShuguang製品の人気が圧倒的です。
・ロシア製6L6:Reflector
欧米資本でかつての名管をコピーしているShuguang。それと異なり、ロシア製品は、軍用真空管の中から6L6の規格に近いものを抽出し、多少の変更を加えたものです。
一般的にはSovtek、Electro-Harmonixとして知られており、最近ではMullard、Tung-Solなどのブランド権を買い取って、さらには後述のSvetlanaのブランド権まで買い取って販売されています。ブランドは取得しても、中身はすでに保有していた管を少し改造した程度のものです。従ってどのブランドを手にしても往年の各ブランドとは異質のサウンドだということを覚えておくといいでしょう。
Reflector製6L6は10種類近くあるようですが、共通して、多少暗めで雑味の多い音だと言えませ。出力もやや低い。安価なことから、廉価アンプではたいていこれらが装着されています。
・ロシア製:Svetlana
Shuguangの代表管と同じく、Sylvania 6L6GCのコピー品を生産しています。評判は良いようですが、品質のバラツキが大きく、選別会社では合格品の確保に苦心していると聞きます。
Svetlanaブランドは現在、二つあり、もう一つのSvetlanaは実はReflector製です。紛らわしいのですが、従来からの製品には「羽が生えた "C' マーク(Winged-C)」が入っています。このためCロゴと呼ばれ、Reflector製はSロゴと呼ばれています。
・スロバキア製:JJ Electronic
チェコスロバキア共和国が分裂する前、スロバキア側にTeslaという真空管工場がありました。分裂時にこれを引き継いだのがJJです。JJはすべての電気的特性を定格以上にしているハイスペックの真空管です。Hi-Fiなサウンドで、ガラス工芸の伝統が息づくスロバキアならではの外見の美しさも持っています。ただ、Hi-Fiだということと、エレキギターサウンドとして好ましいということは別の話でもあります。JJのやや地味なサウンドは人によって、プレイスタイルによって好みが分かれます。
<6V6管>
6V6は6L6の小出力タイプで、1937年に開発されました。6L6は大型化、ヘビーデューティー化の方向に改良が進みましただが、6V6の改良は小型化に向けて行われました。主な用途はラジオ、安定化電源、テレビの垂直偏向出力などで、需要が旺盛であったため多くの国内メーカーが製造していました。日本では6AQ5をmt管(注)(6BQ5と同形)に改造した定格出力のやや小さい管が高級ラジオによく使われていました。
規格表におけるプッシュプルAB1級出力は14Wで、AB2級出力は定められていません。ギターアンプでは、大多数がペア使用で20W前後の出力とされています。音色は6L6同様、カラッとしたアメリカントーンですが、6L6ほどのダイナミクスはなく、ややこじんまりした印象です。
6V6はHeadroomが小さい上、小音量でフルドライブした音が得られるため、ブルースプレイヤーには人気があります。代表的な6V6アンプに、FenderのDeluxe Reverbなどがあります。
(注)小型真空管。径19.0mm~22.2mm。管長44.5~78.0mm。電極引出線が短くピンを兼ねる。
・中国製6V6:Shuguang
RCAのコピー品。外観は透明ではなく、管の表面をカーボン・コートしてあるため真っ黒です。 これは、6V6が概して放熱スペースの少ない小型アンプに採用されることが多いためで、過熱防止対策です。
・ロシア製6V6:Reflector
やや暗めで雑味の多いサウンド。安価なアンプで見かけます。
・スロバキア製:JJ Electronic
定格出力がかなり大きく、6L6と6V6の中間のようなモデル。サウンド面でも6L6的な、ダイナミックで芯のあるトーンが得られます。ただ、headroomが大きいのでフルドライブさせても、一般の6V6に期待するほどは歪みません。
<EL34(6CA7)>
1950年、フィリップスが開発した大出力5極管がEL34です。
大出力管として6L6とともに人気を二分しており、MarshallやHIWATTなど主に欧州製アンプに使われてます。6L6のように粘り気のある出音ではなく、中高域が強調された音抜けの良い、カラッとしたサウンドです。音圧は6L6を若干上回り、パワフルで、フルドライブさせるとよく歪むため、6L6以上にRock向きの管と言えそうです。
EL34というのは欧州大陸での品番であり、アメリカで製造販売されたものは6CA7という品番です。フィリップスと提携していた松下電産(現パナソニック)で国産化され、後に日立でも製造されていました。
・中国(Shuguang)製 Mullardをコピーした製品があります。
・ロシア(Reflector)製
ロシア製は6L6同様、モデル数が多い。どれも音の透明度がやや低く、雑味のあるサウンドだと言われています。Reflectorは、近年Mullardのブランドを買い取って同ブランドの製品も出しているのですが、Siemensのサウンドに近いようです。本来のMullardサウンドに近いのは中国製です。
・スロバキア(JJ Electronic)製
EL34管において、スロバキア製の管は、6L6における中国製とおなじく確たる地位を築いています。通常のEL34はさほど支持されているわけではないのですが、改良型E34Lは低域から高域までのバランスに優れているため、最も人気があります。米国の選別会社であるGroove Tubesでは、これをGT-E34Lという型番で販売しています。
<EL84(6BQ5)>
EL84は、6L6、EL34などが比較的大型のGT管なのに対し、6V6同様、比較的小型のmt管です。アメリカでは6BQ5の名で登録され、日本でもオーディオアンプを中心に各種用途で作られていました。
ギターアンプではVox社のAC30、Matchless、BadCatでの使用が有名だ。 EL34と較べてマイルドで繊細なサウンドです。特に小音量では煌びやかな印象で、フルドライブさせるとよく歪みますがパワフルな印象はありません。ロシア製とスロバキア製があり、それぞれ暗めのサウンド、明るめのサウンドという特徴があります。
この管は、低い信号電圧でもドライブでき能率が高いのですが、性能のバラツキが多いので交換時には、市価より安いものに手を出さない方が無難です。また、6V6と同様、型管なので放熱に気をつける必要があり、長時間使用は控えるべきでしょう。
<その他>
■KT66
RCAからビーム4極管の技術供与を受けたM-O Valve社が、1937年、イギリスの状況に合わせて開発したのがKT66です。当時イギリスではPX4という3極出力管が多用されていたため、KT66の3極管接続特性はPX4に近づけられました。
プレート電力損失は30W、プッシュプルAB1級出力は30Wで、プッシュプルAB2級出力は定められていません。この管は、Marshallが一部モデルに採用していて、音色は図太くてパンチがあります。しかも高音域のクラリティは6L6を凌ぎます。
KT66は、アンプを改造せずに使える「互換球」と、開発メーカーの本来の規格を忠実になぞって製作される「復刻球」が混在しています。かつては各メーカーで、「互換球」「復刻球」、そして「向上球」(各時代の最新技術を投入して性能向上を図ったもの)を生産していたようです。
ところで現在、KT66と6L6CGは、峻別されない傾向があります。しかしこの2種は、開発の時期や企業、規格表における特性等が異なり、本来、全く別の管なので、カタログの文言などから無条件に互換性があると思い込まないようにしましょう。
主な真空管の種類と特徴については以上です。なお、真空管はアメリカではtube、イギリスではvalveと呼ばれています。