ギターの塗装と出音について
ギターに施される塗装の目的は、他の木製品と同様、大別して「美観の生成・維持」と「材質保護」の二つになります。他方で、ギターにあって塗装というのは、使用されている木材と同じく、その出音を特徴づける重要な要素でもあります。ここでは、塗装と材質保護の関係についてお話しながら、あわせて塗装と音の関係についても少し触れておきたいと思います。
なお、「材質保護」とは、木材基質が腐蝕しはじめやがてボロボロに崩壊していく過程を一定期間延期させるという意味合いで用いています。
1.木材の腐食と細菌
木材の腐食と崩壊は何によって起こるのでしょうか?
有機物は、紫外線によって激しく損傷を受けますが、腐食は細菌と酵素によりもたらされ、腐食した細胞組織は最終的には酸化により破壊されます。
木材を腐食させる細菌類には、例えば次のようなものがあります。
毛玉カビ
黒カビ(好湿性菌)
セルロース分解菌
木材腐朽菌
( Myrothecium Verrucaria 、Penicillium Citrinum 、Lentinus Lepideus 、
Polyporus Versicolor 、Chaetomium Olivaceum、
Absidisa Corymbifera、Epicoccum Purpurascens )
ギターや家具における実際の腐朽は、だいたい次のような過程をたどります。
①擦傷や打痕、動物(鼠など)による食害などで傷ついた部位に、第一次寄生菌と呼ばれるカビの胞子が付着し、これがデンプンや糖質、その他の炭水化物を栄養源として繁殖する。
②次いで第二次寄生菌である担子菌や子のう菌、木材腐朽菌(不完全菌)が繁殖し、木材に含まれるリグニン、ヘミセルロース、セルロースなどの難分解性木材基質を分解する。
③リグニン等の分解により生じた生成物は、最終的に各種の(嫌気性、好気性)バクテリアにより無機化される。
④(これらの分解生成物の中にはシロアリを誘引する物質があるが)腐朽過程にある部位がその食害を受けると、もはや外観の修復さえ困難になる。
菌類による無機化の後に(または並行して)光酸化されると、シロアリの食害の有無にかかわらず、木材はもはやその実質を失う。
このような木材腐朽菌の中で、木材を白く変色させるものは白色腐朽菌、褐色に変色させるものは褐色腐朽菌(担子菌の一種)と呼ばれています この二種類の菌が分解できないような高含水率の木材表面については、それを軟化させる菌が存在します。軟腐朽菌と呼ばれるものです。
ところで、木材腐朽菌の90%以上が白色腐朽菌だと言われています。この菌のやっかいなところは、褐色腐朽菌や軟腐朽菌に比べて寒さや直射日光(紫外線)に強く、また、乾湿の繰り返しや寒暖差の大きなところなど厳しい環境変化に晒されながらも生育するものが多いということです。つまり、日当たりも風通しも良い家屋内でも、全く安全というわけではないということです。
2.防腐対策
上のような木材腐朽菌の存在と作用を踏まえ、家具や建材では、一般に溶剤による防腐処理が施されています。
木材内部に効果的に防腐剤を浸透させるには、専用の加圧注入装置が必要です。家具、建材業界の大手メーカーではこの装置を保有していますが、中小企業では予め防腐薬剤が加圧注入された材(「防腐・防蟻処理木材」)を入手しています。零細な家具工房では、下地に防腐剤を塗布するか、防腐薬剤入りの塗料を使用しています。
代表的な防腐薬剤は次のとおりです。
クレオソート油、アルキルアンモニウム化合物、銅・アルキルアンモニウム化合物、
クロム・銅・ヒ素化合物、ナフテン酸銅、ナフテン酸亜鉛 など
では、ギターに防腐処理は施されているのでしょうか?
調べてみましたが、明確なことはわかりませんでした。唯一PRSだけは、輸入代理店を介して加圧注入装置を使用していると明確な返答をもらいました。
防腐薬剤の使用状況についてはそのようなことなのですが、ギターメーカーでは加工後の変形防止や良好な出音を得るため、水分調整や温度、酸素の調整等は行われています。中でも、望ましい乾燥状態を保つため、湿度および含水率を管理するのは常識となっています。
そうしたコントロールの前処理として、製材メーカーないし楽器メーカーにおいては、必ず「絶乾」(全乾処理)が行われています。絶乾とは前にも触れましたが、乾燥装置を用いて、一般には100~105℃で木材を強制乾燥させる行為を指します。材質によっては、短時間ですが130~140℃程度で高温乾燥する場合もあるようです。なお、PRSのように絶乾を行わない企業もあります。
どうやら多くのメーカーでは、この絶乾工程で菌が死滅すると考えているふしがあります。ギターの一般的な使用と保管の状況を考えるなら、ことさら防腐処理をする必要はないだろうと。ですが、木材腐朽菌のすべてが高温で死滅するわけではありませんし、ギターの使用、保管過程で菌が付着し増殖することも十分あり得ます。また、防腐処理が行われた楽器であっても-それが表面塗布であっても加圧注入であっても-塗料が剥離し、材が表層部から3~4mmの深度まで損傷すると、そこが細菌の侵入口となります。
3.塗装の工程
ここではエレキギターを例にとって、その塗装工程を概述します。
塗装作業のフレームと流れは次のようなものです。
【塗装工程】 ①素地調整 ⇒ ②素地着色 ⇒ ③ワッシュコート ⇒
④目止め ⇒ ⑤中塗り ⇒ ⑥着色 ⇒ ⑦トップコート
①素地調整は、塗料を乗せるための下地作り。サンドペーパーで木材表面を平滑にする作業。(別名サンディング)
②素地着色は、木肌に染料、顔料を塗布し着色するもので、後段の「⑥着色」で狙った色彩を得るための下地づくり、仕込みの作業
③ワッシュコートは、ウッドシーラーという塗料を用いて材をコーティングする作業で、一般に、前段まで済ませた下地と上塗りの塗料の密着性を高めること、および上塗り塗料が下地に吸い込まれることを防ぐことを目的とする。さらに、木材のヤニ成分等が上塗り塗膜に侵入することを防ぐ目的もある。
④目止めというのは、ペースト状の目止め剤(ウッドフィラー)を使って木の導管を塞ぐ作業。
必要に応じて着色剤を混ぜたり色付き目止め剤を用いる。
⑤中塗りは、後段の着色と仕上げ用被膜剤のために平滑な表面を作ることを目的として、サンデイングシーラー(肉厚塗装が可能なクリアラッカー等の一種)を塗布する作業。乾燥後、その表面を研磨する。
⑥着色は文字通りの作業だ。クリアラッカーまたはポリ系の透明材料に染料や顔料を混ぜたもので着色する。ここで、素地着色での色彩と、中塗の光の屈折特性とが合わさって、そのギターの色が決定する。
⑦トップコートは、クリアラッカー(またはポリエステル系、ポリウレタン系の透明塗料)で透明な皮膜を作り、下層の保護と美的な効果を演出するために行う作業。
オールラッカー塗装の場合、1回の塗布で施せる被膜の厚さが非常に薄いため、何回も上塗りを重ねなければならなりません。それがラッカー塗装のギターを高価にしています。
なお、ポリエステル系塗料で塗装する場合は、素地着色の後にポリウレタン塗料を上塗りするようです。これは、ポリエステル樹脂では、木のヤニ成分と気中酸素によって硬化反応が阻害されやすいためで、これを省くとワッシュコートと目止めに支障を来すと言われています。
但しそれは、木材の種類によってかなり差があるようで、例えばマホガニーやラワンなどではそれほど硬化を阻害されないけれども、ローズウッドやアッシュでは著しく阻害されるようです。大手メーカーなど量産装置を有する企業では、ローズウッド等にポリエステル塗料を乗せる場合は、予めそのヤニ成分を取り除いてしまいます。
4.塗装(塗料)の種類と特性
ギターに使う塗料は、基本的に建築用塗料であって、「ギター専用塗料」というものはありません。どのようなものが使用されているか、素材を大別すると、①ポリエステル系、②ポリウレタン系、③ラッカー、④ニスに分けることができます。着色塗料の場合は、これらに⑤顔料が混ぜ合わされます。
④のニスですが、バイオリンなどオーケストラ楽器にはアルコール系シュラックニスがよく使用されます。以前はギターにも用いられていましたが、ニスは、紫外線や湿度、温度、虫、菌などに対する対抗性が最も低いので、現代のギターには殆んど用いられていません。ただし、高価なクラシックギターや、音響面で極薄の塗膜を望む向きには、今もニスが用いられます。こまめにメンテナンスができる人であれば、ニス塗装が最も好ましいと言えるかもしれません。
塗料そのものの価格は、ポリエステルが最も高く、次いでポリウレタン、ラッカー、ニスの順となります。ところが最終的なコストは、一般にこの逆になります。(あくまでも標準的な目安。)
例えばニス。これに木材保護の役割を厳格に求めると、高頻度のメンテナンスが要求され、ランニングコストはラッカーを遙かに上回ってしまいます。しかし、新品ギターの仕上げという一点に絞れば、そのコストはラッカーとポリウレタンの中間といったところです。
またポリウレタンですが、これも、例えばジョン・カラザース(John Curruthers)やジーン・ベイカー(Jean Baker)が製作するギターのように、ラッカー以上にサンディングとバフがけを繰り返し、最終的におよそ0.1mmと言われるような非常に薄い被膜に仕上げるとなれば、コストもラッカーを上回ってしまいます。
以下に各塗料とその塗装作業の特徴をまとめてみました。
①ポリエステル
酸とアルコールが脱水反応したものをエステルというが、多塩基酸と多価アルコールが反応すると連続した樹脂状のエステルが生成される。これをポリエステル樹脂といいます。
ここで多塩基酸として不飽和多塩基酸を使えば、不飽和、すなわち二重結合のある不飽和ポリエステル樹脂ができます。この樹脂をスチレンのようなビニルモノマーに溶解したものがポリエステル樹脂塗料となるわけです。つまりこの塗料は、反応硬化型(二ないし数種類の液体を混ぜて硬化するタイプ)で、中身はポリエステル樹脂に反応促進用の薬剤を添加した主剤があり、それに硬化剤を混合したものです。
ポリエステル樹脂塗料の特徴は、塗料全体が塗膜を形成するので非常に厚い塗膜が一回の塗布で得られることです(粘度が高く、木材に吸収される量が少ない)。また、塗膜は内部から硬化していくため上乾き(表面だけが乾燥する状態)の心配がなく、塗膜が厚いほど硬化性が良い。これは研磨の不手際を補うのに有利です。3時間から半日で完全に硬化し、ラッカーと違って塗布後に目痩せすることは殆んどありません。
そして、いったん硬化するとプラスチック並の硬さになります。但し、ポリウレタンのようにガラスのような輝度は望めません。
短所は可使時間(注)が短いことで、可使時間を延長するための多液型スプレー装置の使用や、特殊な塗装方法が要求されます。優れた作業性と低リスクなどから一般的には量産ギターに使用されています。
(注) 可使時間:
反応型塗料において、塗料液に硬化剤、架橋剤、触媒などを混合した後、粘度や状態が使用に耐えられなくなるまでの時間でポットライフともいう。液状で一見塗装に使用できるように見えても可使時間を過ぎていると塗膜性能が発揮できない。
②ポリエウレタン
ポリイソシアネートとヒドロキシル基を含むポリエステルとの付加反応を応用した塗料で、一般には二液性です。厚塗りには不向きなので、肉厚のポリウレタン塗装というのはまずありません。この点だけを捉えると、ポリエステルよりも音響面では有利で、また、トップコートに使えば見た目ではラッカーに近い風合いも出せます。ポリウレタンは塗膜が強靭で、耐磨耗性や耐候性に富み、付着力も優れています。耐薬品性も耐溶剤性も高く、樹脂の配合如何でかなり柔軟性のあるタイプの塗料も作れます。
短所の一つは、硬化時間が遅いため生産性(作業性)が良くないこと。また、変色があります。 硬化剤を混ぜる前は、ほぼ無色ですが混ぜると淡く黄変します。二つ目は、光酸化により、時間経過とともに塗膜がさらに若干黄変します。屋内可視光でも同様です。ただ、白色や淡色ボディなどで塗膜の透明度を維持したい場合、木材保護着色剤を混合することで可能になります。(中級以上の価格帯のギターで、これを混合しているものと明らかにそうでないものとがあります。なぜ混合しないのか理由は不明です。)
三つ目の短所ですが、ラッカーやポリエステルほどの硬度がないので、音の伝播性は同じ厚さであれば最も悪くなることです。
③ニトロセルロースラッカー
ラッカーは、「硝化綿(ニトロセルローズ)塗料」という呼称があるように(硝化綿がまさしくそうですが)溶剤によく溶ける繊維素誘導体を主成分とし、これに樹脂可塑剤等の溶剤を加えたものです。乾燥過程は揮発性乾燥、つまり、含まれている溶剤が蒸発した後に固形分を残し、それが皮膜を形成します。揮発性乾燥の特徴は、いったん溶剤が蒸発してしまった皮膜であっても、その上に溶剤が落とされると再び溶解することです。
シュラックニスほどではありませんが、非常にデリケートな塗料です。先ず、油分やホコリがあると、塗膜がそれを弾いてエクボのようになります。また、一度に塗れる塗膜厚は非常に薄く、何度も重ね塗りを施す必要があります。塗り増しそのものは容易なのですが、硬化に時間がかかるのと、湿度が60%を超えると水分に反応して塗膜が白化します。研磨性が悪いのも特徴です。この生産性の低さのため、量産ギターには用いられません。
ラッカーの長所ですが、一度に濡れる塗膜が薄いということは、裏返せばポリ系のように塗料を削ぎ落とす必要がなく、薄膜化が容易ということです。最大のメリットが振動伝達性の良さです。 また、耐磨耗性、耐油性、耐水性、耐候性、硬度が高いのも特長です。にもかかわらず、一液性なので、硬化してもシンナーで簡単に落とせるため修理が容易です。さらに、部分的に塗装しても下地の塗料を溶かすため、境目が殆ど目立ちません。また、ラッカー塗装の木材は、濡れたように美しい光沢が得られます。このように楽器用の塗装として好ましい特性があるため、ニトロセルロースラッカー塗装のギターはとても人気があります。
補記すると、ラッカーは、絶えずその特性と風合いを変化させながら、何年もの間、縮み続けるという性質を持っています。そのため、ひび割れを生じやすい塗料です。また、塗装時には完璧には乾燥せず木の内部に浸透しません。従って、塗装と研磨を何度も繰り返す必要があるのですが、 その結果、仕上がり時にはかえって分厚い塗装になりやすいというクセがあります。
なお、アクリルラッカーというものがあります。硝化綿ラッカーに比べて黄変性が少ないこと、環境汚染性が低いことなどが長所です。木製品に使用されるものは、一般に硝化綿が配合され、殆どラッカーと同様の乾燥性と作業性を有します。PRSのギターはこれです。
5.塗装(塗料)と出音
昨今は、ニトロセルロースラッカーが大人気です。崇拝と言って良い状況かもしれません。楽器店の店員さんやいわゆるギター通の人から、「ラッカーは塗膜を薄くできるため、木が持つ本来の「鳴り」を損なわない」、「ポリエステルなどと違って木材の「呼吸」を妨げない」、「適度に外気と触れ合っていることで、長い年月をかけてギター内部の結合水を放出し、軽くてよく鳴るギターを育てる」などと聞かされたことはありませんか?
本当でしょうか?
被膜の薄さが鳴りの良さを生む、これは納得できる話です。しかし、結合水云々については既に述べたとおり、どんな木材も水分の出入りがあります。少なくとも放出だけして滲入しないなどということはあり得ません。この話はデタラメですね。
それでは、「木材の「呼吸」を妨げない」ということについてはどうでしょう? 実はラッカーは、ポリエステルやポリウレタンと比べて最も気密性の高い塗料なのです。空気や水分の出入りが全くないわけではありませんが、皮膜が薄くても空気を通しにくい性質を持っています。
ですから、他の塗膜と比べラッカーの通気性が優れているという主張も間違っています。高い通気性を得るには、異常に薄い被膜にするか、またはFenderのRelicシリーズのようにわざとボディを傷だらけにするか(これは一部、未塗装部分があるのと同義です)のいずれかしかありません。 ですが、そのような極薄ラッカー塗装というものは、そもそもトップコートの役目を果たせません。
ただ、ラッカーにしてもポリにしても、通気性が高ければ良いのかという疑問があります。日本の気候を考えたとき、構造上、通気性の高いアコースティックギターを例にとると、梅雨から夏に含水率を高めて膨満し、晩秋から冬にかけては乾燥収縮を繰り返すというその実態が、概ね50~55%の湿度、18~22℃の温度を適正として作られているギターという楽器に適しているといえるのだろうかということです。
最後に、ポリエステル、ポリウレタン、ラッカーのそれぞれの出音特性をまとめてみたいと思います。
①ポリエステル
これは音響面で優れている点は何もないと思います。極薄の研磨すれば別ですが、ポリエステルの研磨作業は大変なので高コストになってしまいます。ですから、一般には肉厚塗装になるため鈍重で隔靴掻痒の音と言うほかありません。
②ポリウレタン
極薄に仕上げられたポリウレタンは、実用上何の問題もありません。ですがそれでも、ラッカーと比べれると音の反射に鈍さを感じます。ボディ全体が共鳴している感覚が希薄で、表層は薄膜化されていても、下地の塗膜が厚いままだからでしょうか。(下地も薄くできますが、その分手間がかかるので、全体を薄膜化するつもりなら、ふつうはオールラッカー塗装が選ばれます。)
それともウレタン特有の弾性値の高さが音の伝播の阻害要因となっているからでしょうか? 個人的にはその両方に原因があるように思います。
③ラッカー
他の塗料と比較したときのラッカーならではの良さは、まず、下地からトップコートまで薄く塗膜できることです。これにより、①振動性能が良くなり、②楽器が軽量になり、③トップコートが傷ついた時のメンテナンス性が容易になります。どれもユーザーにとって有難い特質ですが、ここでは特に、①振動性の良さを強調したいと思います。特にオールラッカー塗装は、他の塗装に比べ、明らかにピッキングに多雨する反応がよく、ボディ鳴りも大きく感じます。
ただ、メンテ費用が苦にならず、光沢がやや落ちてもよければシュラックニスを選択肢に入れられてもいいでしょう。